若帯日子の天皇は、近つ淡海の志賀の高穴穂の宮においでになって、天下をお治めになったんや。この天皇が、穂積の臣等の祖先の建忍山垂根（たけおしやまたりね）の娘、名前は弟財の郎女（おとたからのいらつめ）を嫁はんにしてお生みになった子は、和訶奴気の王（わかぬけのおう）や。

そして、建内の宿禰を大臣として、大国、小国の国の造を定めて、また、国々の境界や、大県、小県の県主を定めたんや。

天皇の御年は、九十五歳や。（乙の卯の年の三月十五日に亡くなったんやな）
御陵は沙紀の多他那美にあるんや。

仲哀天皇

帯中日子の天皇は、穴門の豊浦の宮、また筑紫の訶志比の宮においでになって、天下をお治めになったんや。この天皇が、大江の王の娘の大中津比売（おほなかつひめ）の命を嫁はんにしてお生みになった子は、香坂の王・忍熊の王や。

また、息長帯比売の命（皇后やな）を嫁はんにしてお生みになった子は、品夜和気（ほむやわけ）の命や。次に大鞆和気（おおともわけ）の命、またの名を品陀和気（ほむだわけ）の命やで。
この皇太子の名前を大鞆和気の命て付けた理由は、はじめ生まれたときに、鞆みたいな肉、力こぶが腕にできたんや。それで、その名前にお付けしたんやな。こないなわけで、お腹の中にいてはるときから国を領有支配しとったんや。

この天皇の時代に、淡路の屯倉をお定めになったんや。

神功皇后

その皇后の、息長帯日売の命は、当時神懸りなさったんや。
それは、仲哀天皇が筑紫の訶志比の宮においでになって、熊襲の国を討とうとなさったときに、天皇が琴を弾かれて、建内の宿禰の大臣が神託を受ける庭におって、神さんのお告げを求めたんやな。
すると皇后は神懸りされて、神託で教えさとして仰せになったんや。

「西の方に国があるで〜。金・銀をはじめに〜目の輝くような〜種々の珍しい宝が〜ぎょうさんその国にあるで〜。わしは今〜その国を服属させて〜授けたる〜」

この神託に対して、天皇が答えて申し上げたんや。

「高い所に登って西の方を見たら、国なんか見えへん。ただ大きい海があるだけやんか」

嘘つきの神さんやと心に思って、琴を押しのけてお弾きにもならんと、黙っておられたんやな。それで、その神さんがえらい怒って言われたんや。

「ほんま、この天の下は、おまえの領有支配する国とちゃうで。おんどりゃー、黄泉の国へ行ってまえ」

そこで建内の宿禰の大臣が申し上げて
「恐れ多いこっちゃ、わが天皇、やっぱりその琴をお弾きなさいませ」

神託

それで、そろそろっと琴を引き寄せて、ええかげんに弾いておられたんや。そしてまだいくらも経たへんうちに、琴の音が聞こえんようになってん。すぐに灯をともして見ると、〔天皇は〕亡くなってたんや。

これを見て驚き恐れて、殯の宮に安置して、そのうえ国の大きな供え物を取り集めて、生剥ぎ・逆剥ぎ・あ離ち・溝埋み・屎戸・上通下婚・馬婚・牛婚・鶏婚・犬婚の罪の類をいろいろ列挙して、国の大祓をして、また建内の宿禰が神託を受ける庭にいて神さんのお告げを求めたんやな。そしたら神託でお教えになることは、ひとつひとつ先日のとおりで
「およそこの国は、そなたの腹におる御子の領有支配する国や」
とお教えになったんや。そこで建内の宿禰は
「恐れ多いことですが神さん、そのお腹におる子は男女どっちの子ですか」
と申し上げたら
「男や」
と答えられたんや。さらに、詳しく神託を請うて
「今、こないに神託でお教えになる大神さんは、何ていう神さんか、そのお名前を知りとうございます」
「神託は、天照大御神の御心や。また、底筒の男・中筒の男・上筒の男の三柱の大神や（このときに、その三柱の大神の名前は明らかになってん）。今ほんまに西方の国を求めようて思うんやったら、天つ神地つ祇（あまつかみくにつかみ）また山の神、河海のもろもろの神全部に幣帛を奉って、わしの御魂を船の上に鎮めて真木の灰を瓢に入れて、また、箸と葉の器をぎょうさん作って、それらを全部大海に散らし浮かべて渡れや」

新羅へ

そこで〔皇后は〕ひとつひとつ神さんが教えさとしたとおりにして、軍を整えて船を並べて渡って行かれたときに、海原の魚が大小問わず全部、船を背負って渡ったんや。そして追い風が盛んに吹いて、船は波のまにまに進んだんや。
そして船を載せた波は新羅の国に押しあがって、すっかり国の中央に達したんやな。

ここに新羅の国王は恐れて申し上げたんや。
「今より後は、天皇のご命令のとおりに馬飼いとして毎年貢物の船を並べて、船の腹を乾かさないよう、竿と舵を乾かさないよう、天地のあらんかぎり怠らずに常にお仕えいたします」

そこで、これによって新羅の国は馬飼いと定めて、百済の国は海を渡った先の屯倉にお定めになったんやな。そしてその杖をもって、新羅の国王の門につきたてて、ただちに住江の大神の荒御魂をもって、国をお守りになる神さんとして祭り鎮めて、海を渡ってご帰還になったんや。

鎮懐石

さて、そのまつりごと（遠征）がまだ終えられなかったころ、懐妊された御子が生まれそうだったんや。そこで出産を抑えようとされて、石を取って裳の腰に巻かれて、筑紫の国にお渡りになってからその御子がお生まれになったんや。そこで、その御子の生まれたところを名づけて宇美ていうんや。
また、その裳に巻いた石は筑紫の国の伊斗の村にあるで。

また、筑紫の末羅の県の玉嶋の里にお着きになって、その河の辺でお食事をなされたとき、四月の上旬に当たったんや。それでその河の中の磯に座られて、裳の糸を抜きとって飯粒をえさにして河の年魚（あゆ）を釣られたんや。（その河の名を小河ていう、また磯の名を勝門比売ていう）
それで、四月の上旬に女が裳の糸を抜いて、飯粒をえさにして年魚を釣ることが、今に到るまで絶えへんのや。

香坂王・忍熊王の反逆

さて、息長帯日売の命は大和に帰り上るときに、人々が反逆心を抱いてないか疑わしいので、棺を乗せた船をひとつ準備して、御子をその船に乗せて、先ず
「御子はもうお亡くなりになった」
と自然に漏れるように言わせたんや。

上り行かれるときに、香坂の王・忍熊の王が聞いて、〔皇后を〕待ち受けて殺そうと思って、斗賀野に進出して占いの狩をしたんや。
そこで香坂の王は歴木（くぬぎ）に登って見ると、大きい怒った猪が出てきて、その歴木を掘り起こしてたちまち香坂の王を食うたんや。

その弟の忍熊の王はその様子を恐れずに、軍をおこして待ち構えて迎えたときに、棺を乗せた船に赴いて、空の船を攻めようとしたんや。すると〔皇后軍は〕船から兵士をおろして互いに戦うたんや。
このとき、忍熊の王は難波の吉師部の祖先の伊佐比（いさひ）の宿禰を将軍として、太子の方は丸邇（わに）の臣の祖先の難波根子建振熊（なにわねこたけふるくま）の命をもって将軍としたんや。
〔太子側は敵を〕追い退けて、山代に到るときに〔敵側は〕陣を立て直して、それぞれが退かずに戦いあったんや。

そうして、建振熊の命は計略をめぐらせて言わせたんや。
「息長帯日売の命はもうお亡くなりになったんや。せやからもう戦う必要はないんやで」
て言わせて、さっさと弓の弦を断ち切って嘘をついて降伏したんや。

そしたら敵の将軍がすっかり嘘を信じて、弓から弦をはずして武器を収めたんやな。それで、〔皇太子側は〕髪の中から予備の弦を取り出して、再び弓に弦を張って追い撃ったんや。
〔敵軍は〕逢坂に逃げ退いて、敵味方が立ち向かってまた戦うたんや。そこで忍熊の王と伊佐比の宿禰は共に追い詰められて、船に乗って湖に浮かんで歌ったんや。

いざあぎ
振熊が　痛手負はずは
にほ鳥の　淡海の海に　潜きせなわ

そのまま湖に身を投げて、二人とも死んでしもたんや。

気比の大神

そこで建内の宿禰の命は、その太子を連れて禊をしようとして、淡海また若狭の国を経たときに、越前の角鹿に仮宮を造って住まわせたんやな。このとき、そこにおいでになる伊奢沙和気（いざさわけ）の大神の命が〔宿禰の〕夜の夢に現れて言われたんや。

「わしの名を差し上げて、御子の名前に代えたいと思うんやけど」
それで、神さんを祝福して申し上げたんや。
「恐れ多いことです。ご神託のとおりに御子の名前をお代えしましょう」
また、その神さんは言うたんや。
「明日の朝、浜においで〜。名前を代えたお礼するわ〜」

そこで、その翌朝〔太子が〕浜においでになったときに、鼻が傷ついた入鹿（いるか）がほんまに浦一面に寄ったんや。そこで御子は、神さんに申し上げさせて
「わしに食料の魚を下さったなぁ」
と申させたんや。
そこで、また神さんの名前をほめて、御食（みけ）つ大神て名づけたんや。
それで、今に気比（けひ）の大神て言うんやな。また、その入鹿の鼻の血が臭かったんや。それでその浦を名づけて血浦ていう。今は都奴賀ていうんや。

酒楽の歌

さて、〔都に〕帰り上ったときに、その母親の息長帯日売の命は待ち酒を醸して〔太子に〕献上したんや。そして、その母の歌を詠まれたんや。

この御酒は　わが御酒ならず
酒の司　常世にいます
石立たす　少な御神の
神寿き　寿きくるほし
豊寿き　寿きもとほし
まつりこし御酒ぞ
あさずをせ　ささ

このように歌われて、大御酒を献上したんや。そうして、建内の宿禰の命は太子に代わってお答え申し上げて歌ったんや。

この御酒を　醸みけむ人は
その鼓　臼に立てて
歌ひつつ　醸みけれかも
舞ひつつ　醸みけれかも
この御酒の　御酒の
あやに　うただのし　ささ

これは酒楽（さかくら）の歌や。

数え合わせたら、帯中日子の天皇の御年は、五十二歳や。（壬戌の年の六月十一日に亡くなったんやな）
御陵は河内の恵我の長江にある。（皇后の御年は百歳で亡くなられた。狭城の楯列の陵に葬った）

前の頁に戻る　次の頁に進む

古事記目次に戻る　トップページに戻る