** 阿閉皇女 **
++訳は準備中++


ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも(1-76)

飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ(1-78)

橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木(6-1009)


阿閇皇女・元明天皇
日本根子天津御代豊国成姫天皇(第43代)


・父:中大兄皇子(天智天皇)
・母:姪娘(遠智娘の同母姉妹)
・兄弟:御名部皇女
・夫:草壁皇子
・子:氷高皇女(元正天皇)珂瑠皇子(文武天皇)吉備皇女(長屋王妃)

689年:草壁皇子薨
707年:子・文武天皇崩御 母として阿閇皇女即位、元明天皇
710年:平城京遷都
711年:蓄銭叙位法を定める
712年:『古事記』完成
714年:首皇子、立太子
715年:元明天皇譲位、娘の氷高皇女に(元正天皇)
720年:『日本書紀』完成
721年:元明上皇崩御(61歳)

阿閇皇女は讃良皇女の異母姉妹。
血縁的にも近く、草壁皇子の妃としても最適だったと思われる。
讃良皇女が期待していた草壁皇子が亡くなり、子の珂瑠皇子が
皇位につくが25歳の若さで亡くなる。その後を引き継いだのが
母である阿閇皇女であった。
飛鳥から奈良への都を遷したのはこの元明天皇の代である
ことはあまり知られていないのではないか。




更新日 2003年1月26日