鎌倉散策記
(2003/3/26)


中世の都市、鎌倉へ


中世の都、鎌倉
北鎌倉駅→円覚寺→東慶寺→鉢の木(精進料理)→亀が谷(かめがやつ)の切通し

→岩船地蔵尊→海蔵寺→化粧(けわい)坂の切通し→日野俊基の墓→葛原ケ岡神社

→源氏山公園(源頼朝像)→銭洗弁財天→佐助稲荷神社→鎌倉駅


JR横須賀線の北鎌倉駅を降りるとすぐに円覚寺がある。
北条時宗が無学祖元に建てさせた広大な面積を誇る寺である。
臨済宗円覚寺派の総本山。鎌倉五山第二位の寺格を持つ。
(1.建長寺2.円覚寺3.寿福寺4.浄智寺5.浄妙寺)
この日、3月26日は、北条貞時(時宗の子)の命日だったそうで、
円覚寺では、お経をあげていた。




縁切り寺、東慶寺の桜


円覚寺を出て、踏切を渡り、
建長寺方向へ少し歩いた所にある。
開山は北条貞時(時宗の子)の母、
覚山尼(かくざんに)。1285年の創建。
東慶寺は中世の縁切り寺として知られ、
女性の救済にあたった。
長い階段を当時の女性がどんな思いで
駆け上がったか、
想像すると胸が痛い。
東慶寺は、梅と水仙の名所である。
この日は、少しだけ桜も咲いていた。
さらに建長寺方向へ向かう途中に亀が谷(かめがやつ)の切通しがある。
亀が谷の切通しは、亀が転がってしまうほど急な坂だというのが名前の由来。
その通り、坂を下っていると自然に走り出してしまう急さだった。

下りきったところにあるのが岩船地蔵尊
頼朝の娘、大姫の不幸な死を悼んで建てられたもの。

そして海蔵寺へ。海蔵寺はミツマタの花が満開だった。
1394(応永元)年、足利氏満の命で、上杉氏定が再建した寺。
奥には「十六の井戸」がある。
4×4で、16個の井戸が掘られている。今日は偶然公開していた。

化粧坂(けわいざか)の切通しは、岩船地蔵尊と海蔵寺の間にあった。亀が谷より急!!
昨日の雨のせいか、足元はぬかるんでおり、滑りそうだった。



源氏山公園の源頼朝像(カラスつき^^;)


化粧坂を登るとすぐに広場に出る。
そこが源氏山公園といわれている所で、源頼朝像がある。

先に日野俊基の墓と俊基を祭る葛原ケ岡神社
日野俊基は、後醍醐天皇の側近。

源氏山公園から下っていくと銭洗弁財天がある。
金運、商売繁盛を祈願するため、境内の洞窟では
お金を洗う人の姿がある。
鎌倉駅の切符売り場には「濡れたお金は使えません」とあった。
鎌倉ならではの注意書きだ(笑)

さらに鎌倉駅方向へ下っていくと佐助稲荷神社があった。
長い階段を上っていくと祭神のキツネだらけ!
この稲荷神が源頼朝が挙兵の際、励ましたといわれている。
縁結びの神様でもある。


鎌倉は今回で4回目です。近いのでよく行きます。
毎回違うコースを考えるので、そのたびに新しい鎌倉を発見します。
今回は「北鎌倉」を中心にまわりました。
後ろは山、目の前には海。武士のために作られた都、鎌倉。
山を切り開いた都だけあって、坂が多いのが鎌倉の特徴です。
切通しを通ると、ここを鎌倉武士は駆け抜けたんだな、と想像します。




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更新日 2003年3月27日