** 草壁皇子 **

石川女郎に贈った歌
大名児を彼方野辺に苅る草の束のあひだも吾忘れめや(2-110)

(愛しい大名児を向こうの野で刈る草ではないが、
その束の間でも自分は忘れようか。忘れはしない。)


・父:天武天皇(大海人皇子)
・母:持統天皇(讃良皇女)
・正妃:阿閇皇女(元明天皇)
・子:氷高皇女(元正天皇)、珂瑠皇子(文武天皇)、吉備皇女(長屋王妃)

662年:福岡の梛の大津で誕生
672年:壬申の乱、両親と共に吉野へ
682年:草壁皇子立太子
686年:大津皇子謀反事件、刑死
689年:草壁皇子薨(28歳)

天武天皇の身分上の第一皇子
大伯皇女・大津皇子からみれば異母兄弟にあたる。
父が同じで母同士が同母姉妹なのでかなり血縁的に近い存在
年も大伯・草壁・大津の順で1才違いである(とされている)
大津が褒められているのに対し、草壁には特にそういう記述は見られない
自分の血筋を頑固に守ろうとする讃良皇女の犠牲になったとすれば
草壁の方が余程「悲劇の皇子」といえるのかもしれない。






更新日 2002年12月12日