其の二

こうして、黄泉の国から脱出した伊耶那岐の神は
「わしは、見るんも汚い醜い国に行ってしもた。せやからわしは、禊をしよう」
と仰せになって、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原においでになって、禊をされた。

そして投げ捨てる杖にお出来になった神さんの名前は、衝立船戸(つきたつふなと)の神さん。次に、投げ捨てる帯にお出来になったのは道之長乳歯(みちのながちは)の神さん。次に、投げ捨てる袋にお出来になったのは時量師(ときはかし)の神さん。次に、投げ捨てる衣にお出来になったのは和豆良比能宇斯(わづらひのうし)の神さん。次に、投げ捨てる褌にお出来になったのは、道俣(ちまた)の神さんや。次に、投げ捨てる冠にお出来になったのは飽咋之宇斯(あきぐひのうし)の神さん。投げ捨てる左手の腕輪にお出来になったのは奥疎(おきざかる)の神さん。そして奥津那芸佐毘古(おきつなぎさびこ)の神さん、続いて奥津甲斐弁羅(おきつかひべら)の神さんや。そして次に、投げ捨てる右手の腕輪にお出来になったのは、辺疎(へざかる)の神さん。そして辺津那芸佐毘古(へつなぎさびこ)の神さん、続いて辺津甲斐弁羅(へつかひべら)の神さんや。

 以上の船戸の神から下、辺津甲斐弁羅の神より前の合わせて十二柱の神さんたちは、身につけた物をお脱ぎになってお生まれになった神さんやで。

そこで、伊耶那岐の命は
「上流は流れが急や、下流の方は流れが緩やかやな」
と仰せられて、真ん中の瀬に入って体を振って洗い清めたときにお出来になった神さんの名前は、八十禍津日(やそまがつひ)の神さんと、大禍津日(おほまがつひ)の神さんや。この二柱の神さんは、あの穢れだらけの国に行ったときの汚れによってお出来になった神さんやで。次に、その禍を直そうとしてお出来になった神さんは、神直毘(かむなほび)の神さん、大直毘(おほなほび)の神さんと、伊豆能売(いづのめ)や。

次に、水底で洗ったときにお出来になった神さんは、底津綿津見(そこつわたつみ)の神さん、底筒之男(そこつつのを)の命や。水の中で洗ったときに出来たのは、中津綿津見(なかつわたつみ)の神さん、中筒之男(なかつつのを)の命やな。水面で洗ったときに出来たのは、上津綿津見(うはつわたつみ)の神さん、上筒之男(うはつつのを)の命や。この三柱の綿津見の神さんは、阿曇の連が祖先神として奉る神さんや。それで、阿曇の連たちは、その綿津見の神さんの子の宇都志日金析(うつしひかなさく)の命の子孫なんや。また、底筒之男の命、中筒之男の命、上筒之男の命の三柱の神さんは、住吉神社の三座の神さんやで。


三貴子

そうやって、伊耶那岐の命が左の目を洗ったときにお出来になった神さんの名前は、天照大御神(あまてらすおほみかみ)。次に、右目を洗ったときにお出来になった神さんは、月読(つくよみ)の命。次に、鼻を洗ったときにお出来になった神さんは、建速須佐之男(たけはやすさのを)の命やった。

 以上の八十禍津日の神から下、速須佐之男の命より前の十柱の神さんは、身体を洗い清めたさかいに生まれたんや。

このときに、伊耶那岐の命はごっつう喜んで
「わしは子を生みつづけて、いちばん最後に三柱の貴い子供を得たなぁ」
と仰せになって、すぐにその首にかけていた首飾りの玉をゆらゆらと揺らして、天照大御神にお授けになって
「おまえは高天の原を治めなさい」
と仰せになり、お任せになった。この首にかけた玉の名前を御倉板挙(みくらたな)の神さんていうんや。
次に、月読の命に
「おまえは夜の世界を治めなさい」
と仰せになり、次に建速須佐之男の命には
「おまえは、海原を治めなさい」
と仰せになり、お任せになったんや。

それで、それぞれ委任された言葉どおりに治めている中で、速須佐之男の命だけは命じられた国を治めへんと、長いひげが胸元にのびるまで泣きわめいとった。その泣くありさまは、青山が枯れ山になるまで泣き枯らし、河や海はすっかり泣き乾かしてしもうた。このために、悪い神の出す物音は蝿が騒ぐみたいにいっぱいになるし、あらゆる物のわざわいがことごとく起こったんや。そこで、伊耶那岐の神は須佐之男の命に仰せられた。

「どういうわけで、おまえは命じられた国を治めへんと泣きわめいてるんや」
須佐之男の命は
「わしはお母ちゃんの国、黄泉の国へ行きたいと思うさかいに泣いてるんや」
それを聞いて伊耶那岐の神はごっつう怒って
「それやったら、おまえはこの国に住んだらあかん
と仰せられて、すぐに追放されてしもた。
さて、この伊耶那岐の命は淡路の多賀の社に鎮座されているんやな。


天照大御神と須佐之男命

そこで、速須佐之男の命は
「ほな、天照大御神に申し上げて黄泉へ行こ」
と言うて、さっそく天に上るときに、山や川がことごとく鳴り騒ぎ、国土が震動したんや。それで天照大御神は驚いて
「あたしの弟が上ってくるのは、善い心と違うやろ。あたしの国を奪おうと思ってるんかもしれへん」
と仰せになって、すぐさま髪を解かれてみづらに巻かれ、そして左右のみづらにも髪飾りにも、左右の手にもそれぞれ大きな勾玉の、五百個もの多くの珠を緒に貫いて巻き持たれて、背中には矢が千本も入る靱を負い、脇腹には五百本入りの靱を付け、また威力のある鞆を帯びられて構えの姿勢になって、力強く踏み込み細かい雪のように大地を蹴散らかして、威勢よく庭を踏みしめ雄々しく振る舞い待ち受けて問いただされた。

「どいうわけで上ってきたんや」
そこで速須佐之男の命は答えられた。
「わしは汚い心はありません。ただ伊耶那岐の命の仰せでわしが泣きわめくことだけを問いただしなされたので、わしは母の国に行きたいと思て泣いてるんやと申し上げたら、父上は、おまえはこの国に住んだらあかんて仰せられて追い払われたんです。母の国に行こうていう事情を申し上げようと思て参上しました。謀反の心はありません」
そこで、天照大御神は
「それやったら、おまえの心の潔白はどうしたらわかるやろか」
と仰せになったんや。
須佐之男の命は答えられた。
「お互いに誓約をして子を生みましょう」


誓約

こういう次第で、天の安の河を中に置いて誓約するときに、天照大御神はまず須佐之男の命の佩いている十拳の剣を貰い受けて、三片に打ち折って玉の音もさやかに鳴るばかりに天の真名井で振りすすいで噛みに噛んで、吹きすてる息の霧にお出来になった神さんの名前は、多紀理毘売(たきりびめ)の命や。またの名は奥津嶋比売(おきつしまひめ)の命ていう。次に市寸嶋比売(いちきしまひめ)の命、またの名は狭依毘売(さよりびめ)の命ていう。次には、多岐都比売(たきつひめ)の命や。

速須佐之男の命が天照大御神の左のみづらに巻かれた大きな勾玉のたくさんついている珠の緒を貰い受けて、玉の音もさやかに鳴るばかりに真名井で振りすすいで噛みに噛んで、吹きすてる息の霧にお出来になった神さんの名前は、正勝吾勝々速日天之忍穂耳(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみ)の命や。また、右のみづらに巻かれた珠の緒を貰い受けて噛んで、吹いた息の中にお出来になった神さんは、天之菩卑(あめのほひ)の命。また、髪飾りに巻かれた珠の緒を貰い受けて噛んで、吹いた息の中にお出来になった神さんは、天津日子根(あまつひこね)の命。左の手に巻かれた珠の緒を貰い受けて噛んで、吹いた息の中にお出来になった神さんは、活津日子根(いくつひこね)の命。右手に巻かれた珠の緒を貰い受けて噛んで、吹いた息の中にお出来になった神さんは、熊野久須毘(くまのくすび)の命や。あわせて五柱やで。

ここに、天照大御神は須佐之男の命に仰せられたんや。
「この後から生まれた五柱の男子は、あたしの物の玉からお出来になったな。せやから当然、あたしの子や。先に生まれた三柱の女子は、おまえの物の剣からお出来になった。せやからおまえの子やな」
と、こう別けて仰せられた。

それで、そのお生まれになった神さんの多紀理毘売の命は、宗像の沖津宮に鎮座されてるんや。市寸嶋比売の命は宗像の中津宮に、田寸津比売の命は宗像の辺津宮に鎮座されてるんや。この三柱の女神は、宗像の君たちがお奉りしてる神さんやで。
そして、この後にお生まれになった五柱の子の中で天の菩比の命の子の、建比良鳥(たけひらとり)の命は出雲の国の造・无耶志の国の造・上つ菟上の国の造・下つ菟上の国の造・伊自牟の国の造・津嶋の県の直・遠江の国の造らの祖先や。次に天津日子根の命は、凡川内の国の造・額田部の湯坐の連・木の国の造・倭の田中の直・山代の国の造・馬来田の国の造・道の尻来閇の国の造・周芳の国の造・倭の淹知の造・高市の県主・蒲生の稲寸・三枝部の造たちの祖先や。

そこで速須佐之男の命は天照大御神に
「わしの心は潔白です。それで、わしが生んだ子は女子でした。これによって言うたら、当然わしが勝ったんや」
て言うて、勝ちに乗じて天照大御神の田の畔を壊し、溝を埋め、また新穀を召しあがる御殿に糞をし散らしたんや。そこで、そんな乱暴をしたんやけども天照大御神はとがめないで
「糞のようなのは、酒に酔うて吐き散らそうとして、あたしの弟はこんなことしてしもたんやろう。また田の畔を壊して溝を埋めてしもたんは、土地が惜しいていうんでこうやってしもたんやろう」
と善いようにとって言い直されたんやけど、やっぱりその乱暴な行ないは止まらずにひどかったんやな。

天照大御神が機織場においでになって神様に奉る衣を織っておいでになるときに、その機織場の屋根に穴をあけ、天の斑馬の皮を剥いで落とし入れたさかい、そのとき天の機織女が驚いて機織の梭(ひ)で陰を突いて死んでしもた。


天の岩戸

そこで天照大御神もこれを恐れて、天の岩屋戸を開いてその中にお籠りになってしもた。すると高天の原は真っ暗になり、葦原の中つ国もすっかり闇くなってしもたんや。このために、いつ明けるかわからん夜が続いた。そうして多くの神さんの騒ぐ声が夏の蝿みたいにいっぱいになって、あらゆる災いがことごとく起こったんや。

こんな次第で八百万の神さんたちは天の安の河原にお集まりになって、高御産巣日の神の子の思金(おもひかね)の神に善後策を考えさせて、まず常世の長鳴鳥を集めて鳴かせたんや。そして天の安の河の河上の天の堅石を取ってきて、天の金山の鉄を取って、鍛冶屋の天津麻羅(あまつまら)を捜し出し、伊斯許理度売(いしこりどめ)の命に命じて鏡を作らせて、玉祖(たまのや)の命に命じて大きな勾玉のたくさんついている珠の緒を作らせ、天の児屋(あめのこやね)の命布刀玉(ふとだま)の命を呼んで、天の香具山の男鹿の肩骨をそっくり抜き取って、天の香具山の天のハハカの木を取ってきて祭りの準備をさせたんや。そして香具山の賢木をいっぱい根こそぎ掘ってきて、上の枝に大きな勾玉のたくさんの珠の緒を取りつけ、中の枝に大きな鏡をかけて、下の枝には白い御幣・青い御幣をつけて垂らしたんや。これらの物は布刀玉の命がささげ持って、天の児屋の命が祝詞を唱えて、天の手力男(あめのたぢからを)の神が戸のわきに隠れて立ち、天の宇受売(あめのうずめ)の命が天の香具山の日影かずらをたすきにかけ、真折のかずらを髪飾りにして、香具山の小竹の葉を束ね持ち、岩戸の前に桶をふせて踏んで大きな音を鳴らして神懸りして、胸をあらわにして裳の紐を女陰に垂らしたんや。そうしたんで、高天の原は鳴り響いてたくさんの神々は一緒に笑ったんやな。

そこで天照大御神は不思議に思わうれて、天の岩屋戸をほそめにあけて中から仰せになられた。
「あたしが隠れてるんで、天の原は当然暗くて、葦原の中つ国もすっかり暗いやろと思うのに、なんで天の宇受売は遊んでて、大勢の神さんも笑てるんやろか」

そこで天の宇受売は
「あなた様にまさって貴い神さんがおいでになるんで、喜んで笑って遊んでるんですよ」
と、こう言う間に天の児屋の命・布刀玉の命がその鏡をさし出して天照大御神にお見せ申し上げるときに、天照大御神はいよいよ不思議にお思いになって、ちょっとずつ戸から出てのぞき見られるときに、隠れて立っていた天の手力男の神がその手を取って、外へ引き出し申し上げるやいなや、布刀玉の命は注連縄をその後ろに引き渡して申し上げたんや。
「これから内には、お還りにはなられへんでしょう」

こうして、天照大御神がお出ましになったときに高天の原と葦原の中つ国とは照り明るくなったんや。

ここで、八百万の神さんは相談して、速須佐之男の命に多くの品物を出させ、ひげと手足の爪を切り、罪を償わせて追放したんや。

また、八百万の神さんは食物を大気都比売の神に乞い求めたんやな。それで大気都比売は鼻・口また尻からいろいろな美味い物を取り出して、神さんたちにいろいろ料理してさし上げたんや。そのときに須佐之男の命はそのしわざをのぞいて見て、なんちゅう汚いことして食べさせるんや、とすぐにその大宜津比売を殺してしもた。そこで、殺された神さんの身体に物が出来たんや。頭に蚕が生まれ、二つの目に稲種ができ、二つの耳に粟ができ、鼻に小豆ができ、陰に麦ができ、尻に大豆ができた。そこで、神産巣日の御祖の命がこれらの穀物を取らせてそれぞれ種となさったんや。


前の頁に戻る 次の頁へ進む

古事記目次に戻る トップページに戻る