三侠五義・其の五 白玉堂閙相府(白玉堂開封を騒がす)・1

 さて、展昭は顔福老人を助けた後、夜をついで家に帰り、老僕の展忠に、茉花村での剣を比べて婚約した事の次第を話した。展忠は展昭が下げてきた湛盧の宝剣を見ると、大層喜んだ。
 翌日、展昭は荷造りをして、馬の用意をすると、展忠に別れを告げて、開封府へ直走った。
 開封に戻った展昭は、包公に面会すると、白玉堂が京師へ来る話をした。包公は府中での「飛刀(手裏剣)の書き置き」の事を展昭に話した。それを聞いた展昭が言った。
「それはきっと白玉堂の仕業でしょう、我々は厳重に注意せねばなりますまい。」
 展昭が詰所に戻ると、王朝ら一同が酒や食事を並べて展昭を迎えた。公孫策が尋ねた。
「包公は何をお言い付けになったのです?」
 展昭は皆に白玉堂の来京の事を話していたので、公孫策に言った。
「包相は飛刀の書き置きの事で、皆に注意を促すように言われたんだ。」

 公孫策は何か解ったかの様に言った。
「その人物が大哥を探しに来るのは腹を立てているからなのでしょう。彼ら五人は『江南五鼠』と名乗っているのに、貴方が『御猫』と称しているのは、彼には耐えられないのではありませんか?」
 その言葉に、展昭は言った。
「別にそんなつもりで名乗ってるんじゃないのに。彼が本当にそういう理由で来ると言うなら、私は甘んじて彼の下風に立つんだけどなぁ。」
 それを聞いた趙虎は杯を捧げ持ったまま立ち上がった。
「兄貴の『御猫』の称号はお上から賜わったもんだ、何で改めなきゃならねえ?もし彼奴めが邪魔しに来るなら、俺がこてんぱんにしてやるぜ!」
 展昭は慌てて手を振った。
「四弟、そんな事を言うんじゃないよ。」
 その瞬間、「パン」と音がして、外から飛び込んで来た何かが、狙い過つ事なく、趙虎の手にした酒杯に命中して、杯を粉微塵にしてしまった。

 それを見た展昭は、急いで上着を脱ぐと、宝剣を抜き、灯を吹き消して、窓の外へ跳び出した。
 展昭の足が地面に付かないうちに、耳を翳めるように冷たい風が突っ込んで来た。展昭は慌ただしく剣を構えると、聞こえたのはガチンという音。振り下ろされた大刀を受けて、火花が飛び散った。
 忍び装束の刺客は、その敏捷な動きといい、以前に苗家集で見たあの人物に間違いなかった。刺客は何度も展昭に刀を叩き付けて来た。展昭は攻撃を受け止めながら、その刀法の優れているのに、内心感嘆を覚えた。
 攻撃を受け止めていた展昭であるが、刺客には止めようとする気配がなかった。そこで、宝剣を横様に構えると、相手が叩き付けて来た刀を、鶴唳長空の構えで上へ薙いだ。次の瞬間「ガツッ」と音がして、刀は真っ二つに折れた。

 刺客は折れた刀を捨てると、弾みを付けて、塀の上に飛び上がると逃げた。展昭は飛び上がると、その後を追った。
 正庁の屋根まで追って行くと、刺客は棟の向こうへ身を伏せた。後を追う展昭が、棟を越そうとした時、目前に飛び来る礫一つ、慌てて頭を低くして避けたが、頭巾を打ち落とされてしまった。
 展昭は頭巾を拾い上げると、もう一度棟へ行って辺りを見回したが、刺客は何処かへ去った後であった。展昭は部屋へ下りて来ると、府中の人々に厳重に見回りを続けるよう手配した。

 さて話は変わって、陥空島は盧家庄の盧方は、白玉堂が出て行ってから何の便りも寄越さないので、毎日溜息を吐いては、心配していた。
 ある日、盧方は言った。
「私は自分で五弟を探しに京城へ行きたいと思うのだが、賢弟達よ、どう思うかね?」
 蒋平が言った。
「五弟は自尊心ばかり高くて傲慢ですから、『御猫』と雌雄を決するつもりなのでしょう。私が探しに行って連れて帰って来ます。」
 徐慶が続いて言った。
「いや、俺が行った方がいい。」
 四人が言い争っていると、小作人がやって来た。
「鳳陽府の柳員外がお会いしたいそうです。」
 それを聞いて蒋平が言った。
「その人物ならば存じてますよ、名は柳青、綽名を白面判官というのです。」
 盧方が言った。
「賢弟達よ、話は一先ず置いておいて、私は先に彼に会って来よう。」

 柳青は召使に案内されて客間にやって来た。互いに姓名を名乗り合い、その後盧方が尋ねた。
「本日は当家に御訪問頂き、光栄の至りです。ところで柳兄、どういった御用件なのでしょうか?」
「相談致したい事があるのです。私の処の太守の孫珍は兵馬司孫栄の息子で、太師のほうきつの外孫です。こいつが民百姓から搾り取って集めた黄金百両を、ほうきつの誕生祝いとして贈ると言うではありませんか!盧兄、私と共に黄金を強奪し、百姓を救いましょう。」
 しかし、盧方は慌てて断った。
「私めは田舎で隠居の身で、堅気に暮らしております。強奪だの窃盗だの、とんでもありません。どうぞ他をあたって下さい。」
 それを聞いた柳青は、顔を真っ赤に染めて怒ると、出て行った。

 柳青が庄園の門を出た時、隣の門から出て来た三人に行く手を阻まれた。蒋平は柳青を招き呼び、
「柳兄、お怒りにならないで下さい、我々が大哥に代わって謝罪致します。どうぞこちらの方で話をしましょう。」
 案内された柳青が席に着くと、蒋平が尋ねた。
「柳兄、この様な計画を立てられた以上は、何か策がおありなのでしょうか?」
 柳青は答えた。
「私には痺れ薬と断魂香があります、その時はかくかくしかじか‥‥。」
 三人はその説明に、喝采の声を上げた。
 蒋平達三人はその日は柳青を見送った。翌日早く、盧方に別れを告げると、約束の場所へ行って、柳青と一緒に出発した。

 話は変わって、皇宮内苑の万寿山の総管は郭安という者で、郭槐の甥である。郭槐が包公に刑死させられてからというもの、郭安は都堂の陳林に対して恨みを抱き続け、命を奪う機会を伺っていた。
 ある日、郭安は配下の若い太監の何常喜が陳林の処の太監と親しいのを知り、呼んで尋ねた。
「お前はよくあちらへ行くのか?」
 何常喜は答えた。
「昨日、彼らは一匣の人参を持っておりまして、話によると、皇上が都堂に精をつけるよう下されたそうなのです。」
 それを聞いた郭安は内心ほくそ笑んだ。
「常喜よ、わしは平素からお前を可愛がっているが、わしの計画に協力するのならば、お前をわしの養子にしよう。どうじゃ?」
 何常喜は跪いて言った。
「貴方様がお嫌でなければ、息子から父上にお辞儀を致します。」

 郭安は急いで何常喜を助け起こし、言った。
「愛い奴め、この事については口外法度じゃ、決して他言は許さぬ。わしは人参と食い合わせの悪い、ある薬を持っておる。こいつを酒に入れて、都堂を招待して飲ませるのじゃ。七日後、奴は病無くして死ぬ事になるのじゃ。」
「父上、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
 何常喜が尋ねると、郭安は戸棚から銀の壷を取り出した。
「この壷は『転心壷』といってな、中は二つに分かれ、底には一つずつ小さい穴があってな、どちらか一方の穴を指で塞ぐと、別の方に入っている液体を注ぐ事が出来るのじゃ。」
 そう言って、郭安は壷の中に水と茶を別々に入れて、二回注いで見せると、壷からはそれぞれ水と茶が別々に出て来た。郭安はせせら笑った。
「わしは一方に薬を入れておくから、お前は都堂に酌をして飲ませるのじゃ、誰も真相には気付くまいて!」
 その夜は十五夜だったので、郭安は招待状を書き、常喜に観月の宴の案内として陳林の処へ行かせた。

 常喜が招待状を持って御花園に着き、築山の横を歩いていると、庭石の影から突如現われた者が、刀を突き付け、こう言った。
「声を上げるな!」
 恐怖の余りに竦んだ常喜に、その男は小声で言った。
「貴様は縛り上げて、築山の後ろにでも転がしておいてやる。明日になったら開封府に行って、真実を包み隠さず話せ、隠したりすれば、明晩に貴様の首を刎ねてやるからな。」
 この時、部屋の中で常喜を待っていた郭安は、外で足音がしたのを聞いた。常喜かと思い、立ち上がって尋ねた。
「帰って来たのか?」
 顔を上げると、刀を持った男が部屋に押し入って来た。郭安は大層驚いて、一声、
「曲者――」
 その叫びが終わらぬうちに、切り伏せられた。
 部屋の外を歩いていた夜回りの太監が悲鳴を聞きつけ、慌てて部屋に入ると、郭安が血溜まりの中で倒れていた。驚いて悲鳴を上げ、当直の太監の処へ報告に行った。

 当直の太監は急いで周囲を見回って刺客を探させた。すると、築山の後ろから、雁字搦めに縛られた何常喜を見付け、事情を詰問した。常喜は答えた。
「開封府へ行かなければ、私は真相を全て話さねばならないのです。」
 太監達は直ぐさま都堂の陳林に報告した。陳林はきちんと監視するように言い付けた。翌日、早朝から金鑾殿に来た陳林は、仁宗に郭安が殺された事を奏上した。
 それを聞いた仁宗は訝しく思った。
「朕の内苑で人を殺せるとはどのような人物であろうか?何とも大胆ではある!」
 そして、審議の為に何常喜を開封府へ送るように命じた。
 仁宗は退朝を宣言すると、直ぐさま陳林に命じた。
「朕は忠烈祠へ焼香に行こうと思う、公公よ一緒に参れ。」
 命を受けた陳林は、護衛や車馬の用意をした。

 皇帝一行が忠烈祠に着くと、黄色い旗が翻り、厳かに鐘太鼓が鳴り響いた。
 仁宗は内殿に進み、寇珠の塑像の前で黙祷を捧げると、敬虔な態度で焼香をした。
 焼香し終わって、建物の内部を見回していると、西側の高い壁に五言絶句が書き付けられている。
  忠烈 君王を保ち
  哀しい哉 杖下に亡ぶ
  芳名 不朽に伝わり
  一炉の香を博する
 読み終わった仁宗が尋ねた。
「この詩は何人が書いたのか?」
 陳林は祠の管理人の太監を呼んだ。太監は驚きを隠せず、跪いて奏上した。
「昨日私めが大勢を指揮して隅々まで掃除を致しましたが、その時にはこのような詩はございませんでした。誰が一夜のうちに、詩を書いたのでございましょうや?」
 仁宗ははっと思い至った。
「このような場所に詩を書き付けるのは、決して容易な事ではない。朕が思うに、詩を書いたのと人を殺したのは、同一人物の仕業であろう。至急包卿にこの事を調べに来るよう伝えてくれ。」

【閑話休題・13】 宦官について
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