三侠五義・其の弐 包公断案(包公の名裁判)・3

 話は包公の方に戻る。この日一行は三星鎮に泊まっていた。下男の李才は包公の寝室で夜番をしていたが、真夜中過ぎになると、疲れてきたのか、睡魔に襲われてしまった。
 突然、蝋燭の火が揺れたので、李才は驚いて目を覚まし、卓上に紙があるのを目にして、思わず声を上げた。
「何だこの紙は?」
 その声を聞き付けて包興がやって来た。包公も起きて、書付けを貰うと、それを読んだ。
「明日天昌鎮にては、刺客を厳重に注意すべし。兵を二つに分け、一つは東皐林へ行き、悪人ほういくを捉え、もう一つは観音庵へ行き、烈婦を救い出すべし。」
 包興は辺りの見回りに兵を出してはと提案したが、包公はそれを諌めた。
「今はそれには及ばぬ、天昌鎮に到着してから厳重に警備しよう。」

 次の日、天昌鎮に着いた包公は、公館に入った。参謀の公孫策は建物の周りに兵を配備し、厳重に警護させた。包興と李才には、一歩たりとも離れぬよう、包公の側に付いている様に言った。
 真夜中になったたが、変わった様子もない。武官の趙虎は見回りの兵隊と一緒に、塀の外の楡の巨木の下に来ると、提灯を上げて樹上を照らした。すると、ぼんやりと見えたのは、木の葉の茂る中に隠れる一人の男の姿。趙虎は大声で叫んだ。
「ここにいるぞ!」
 その声を聞きいた人物は、慌てて枝を掴むと、身を翻して塀の中に跳び込み、そこから母屋の屋根へと飛び載った。
 趙虎はどんどん後を追いかけ、だんだん近付いてきた。突然、正面から瓦が飛んで来たので、趙虎は慌ててそれを躱したが、勢い余って足を滑らせ、転がり落ちてしまった。刺客は棟を越えて、そこから包公の部屋へ跳び移ろうとしていた。

「あ、痛っ!」
 と、声がするや否や、刺客は突然ごろごろと屋根から転がり落ちて来た。趙虎は慌てて身を返すと、刺客を押さえ付けた。
 そこに兵がどっと押し寄せ、刺客を縄で縛り上げると、押合いへし合いして、包公の所に連れて行った。
 ところが、包公が刺客の縄を解く様に命じたので、公孫策は驚いた。
「こいつは貴方を暗殺しようとしたのですぞ、何故放してやるのです?」
 包公は公孫策に目配せすると、さも本心からの様に言った。
「渇いた人が水を求める様に、私は賢人を求めておるのだ、このような勇士を目の当たりにして、どうして惜しまずにいられようか。」
 周囲を叱りつけると、刺客の太腿の傷を手当てする様に言い付けた。
 刺客の項福は、この様子を見て、大層感激し、慌てて地面に跪くと、自分がほういくの手の者である事や、暗殺の計画の一部始終を、自ら進んで包公に話した。

 包公は笑いながら言った。
「私と安楽侯が法廷で対峙する時には、壮士は証人となって顔を出してくれますか?」
 項福は何度も頷いて承知した。包公は、項福の矢傷の療養をきちんとする様に、公孫策に言い付けた。
 趙虎は項福の太腿から抜いた袖箭の矢を包公に手渡して言った。
「南侠展昭の文字がございます。」
 包公は思う処があった。
「成程、展義士が秘かに助けていてくれたのか、前日の三星鎮にあった書付も、きっと義士のした事なのだろう。」
 公孫策は直ちに手配して、金玉仙を救う為に、馬歩頭目の馬漢をその夜のうちに観音庵へ行かせ、またほういくを捕らえる為に、張龍と一緒に趙虎を東皐林へ行かせた。

 東皐林に着いた張龍と趙虎の二人は、夜が明けるまで待っていたが何も起こらなかった。趙虎は疑いを抱き始めた。
「まさかほういくの奴め、逃げてしまったんじゃねぇだろうな?」
 丁度その時、遠くの方に見えたのは、一群の騎馬がこちらに来る姿だった。
 ふと名案が浮かんだ趙虎は、張龍に部下と一緒に近くの茂みに隠れる様に言うと、一人だけで騎馬の群れが走って来るのを待った。
 大勢の騎馬が趙虎の脇を通り過ぎた時、趙虎は突然、地面に倒れ込んだ。張龍は部下と一緒に飛び出すと、道を塞ぎながら叫んだ。
「止まれ!止まれ!馬に踏まれて人が死んだぞ、死人が出たんだぞ!」
 張龍は前に出ると、ほういくの手綱を掴み、怒鳴った。
「あんた、間違いを仕出かしておいて、逃げるつもりか?」
 ほういくは鞭を振り上げ、憎々し気に言った。
「貴様ら、死を求めるのか?この私安楽侯の道を塞ぐとは、な!」

 趙虎はパッと身を起こすと、冷笑して言った。
「俺達が求めているのは、その安楽侯だよ!」
 言うなり、ほういくを攫んで馬から引きずり下ろすと、部下に命じて鎖を懸けさせた。ほういくの家来どもは形成不利と見るや、土煙を「もうもうの夭々たる」有様での逃げっぷり。
 張龍と趙虎はほういくを包公の元へ護送した。それを見た包公は慌てて命じた。
「お前達には分別がないのか、何故侯爵様に鎖など懸けるのだ?急いで解いて差し上げろ!」
 ほういくは己が悪事の数々を思い、魂が消し飛ぶ程に恐れ戦いていたが、予想外にも包公が自分の縛を解いたので、大喜びで、くるりと後ろを向いて立ち去ろうとすると、包公に一喝された。

 包公は項福を呼ぶと、暗殺を命じた人物について話すよう命じた。項福はほういくに向かって言った。
「侯爵様、隠し立ては出来ません、私めが一切合切を包拯様にはっきり申し上げました。」
 ほういくは口を閉ざした。
 包公は次に苗恒義を呼び出すと、ほういくが陳州で法を曲げ財を貪っていた事や、強奪した金銀財宝を、こっそり京師へ運ぼうとしていた事を供述させた。ほういくは尚もしらを切った。
 包公は今度は、金玉仙らの女達を証人として呼んだ。女達はほういくを見るや、それぞれが涙を流し、ほういくが彼女らを略奪した事の一部始終を訴えた。驚きの余りにほういくは腰を抜かて地面にへたり込むと、全身をぶるぶる震わせた。

 審議後、包公は公孫策に記録させた供述書を、ほういくに署名書判させた。そしてほういくは皇帝の親族であると言うので、堂前に竜頭さつを運んで来るよう命じた。
 ほういくは竜頭
さつを見るや、肝は裂け魂は吹っ飛ぶ恐れようで、己の助命を叫んだ。大勢が寄って集ってほういくを雁字搦めに縛り上げると、押切りの前まで引きずって行った。
 包公は目を怒らせ、袖を一振りすると、
「やれ!」
 と一喝した。趙虎が
さつ刀を下ろすと、ザクッと音がしてほういくは腰から真っ二つになった。
 竜頭
さつが運び去られ、ほういくの亡骸が引きずり出されると、包公は左右の者に命じた。
「御刑を換えて、項福を連れて参れ!」

 縛られた項福は堂前に連れて来られると、目前の狗頭さつに悪い予感がして、包公に向かって命乞いを始めた。
「私めは万死に値する罪を犯しましたが、何とぞ、お情けを!」
 包公は一喝した。
「権勢におもねり、悪人の手先になる事をも厭わぬ奴が、まだ何かするつもりか!」
 命令の声がして、項福の首と胴は狗頭
さつの下で別れ別れになってしまった。程なく、知府の蒋完を捕らえに行った者が戻ってきた。
「申し上げます、蒋完は己が罪を恐れて首をつって自殺いたしておりました。」
 包公はほういくに攫われていた女達を、それぞれの身内が連れて帰る様に言った。人々はその処置に感謝し、一斉に包公に向かって叩頭した。
 包公はこの事件を解決すると、戸籍を調べさせ、災害の実情を視察すると、倉を開いて人々を救済し、百姓を安撫した。

【閑話休題・6】 スプラッターでごめんなさい。
簀巻きにされたほーいく ついに出ました、押切り(さつ)!
 これ、かなり前から気になっているのですが、処刑された人って即死なのでしょうか?
 ほういくなんて、胴の辺りから(つまり、心臓と肺と脳がつながった状態のまま)切断されているから、実はしばらくは上半身は生きていたのでは?と、すごく気になっているんです。
 で、あんまり気になるので「図説 中国酷刑史」って本(絵や写真まであるので、開くのに勇気がいります。凌遅刑の写真は白黒でも怖いです。)まで買ったのですが、刑の種類は書いてるけど、即死なのかどうなのか、その辺の事情は書いてません。‥‥まぁ、そりゃそうでしょうけど。
 で、他の本をあたってみます。とりあえず、小説を参考にしました。
 まず、切断と言えば、京極夏彦さんの「魍魎の匣」。
 で、結構詳しく死刑について書かれてある、島田荘司さんの「暗闇坂の人喰いの木」。
 ネタばれ厳禁の為、詳しくは書きませんが、‥‥即死じゃないようです、ギロチンでも、切断後の首に呼びかけると、瞼を動かすようです。脳に酸素のある1〜2分間程は、脳死状態じゃないので、意識があるそうです。
 実は、もそっとスゴイ話もありますが、私の気分が悪くなって来たので、この辺で止めます。おえっ。
 ちなみに右は、別の連環画の簀巻きのほういくです。‥‥気の毒な斬られっぷり。


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